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一月寺


普化宗 一月寺

 小金に一月寺という普化宗の本山寺院がありました。
 普化宗は中国、唐代の普化禅師を宗祖とする禅宗の一派と伝えられています。坐禅の代わりに法器として尺八を吹き、禅の境地を得るという立場を取った宗派です。
 わが国では心地覚心(法燈国師)が建長6年(1254)に宗よりこれを伝え、和歌山の由良に興国寺を開いたことに始まります。
 覚心とともに来朝した4名の普化宗の居士の一人、宝伏は頭蛇金先にこの法を伝え、金先は全国を行脚して下総国、小金に一寺を建立し金龍山梅林院一月寺と名付けました。
 江戸時代には幕府から様々な特権を得て京都、白川の明暗寺、武蔵、青梅の鈴法寺と共に普化宗三本山の一つであり根本道場として隆盛を極め、大名のお家騒動に関わる(仙石騒動)など大きな影響力を持っていました。
 その徒は虚無僧、薦(こも)僧、暮露(ぼろ)と称され筒型の編笠を被り、袈裟をつけ、木太刀などを持ち、尺八を吹く姿で知られています。しかし、入門者を武士に限り、半僧半俗の生活がしだいに乱れ、制外の集団が集まる宗教芸能集団となっていきます。
 そして、明治4年(1871)に廃宗とされ、昭和30年代には伽藍土地全て日蓮正宗に譲渡され、その跡地は同名の日蓮正宗寺院となっております。 又、ご本尊、開山禅師像その他は市に委託されてしまい現在は、市立博物館に展示されていま

萬満寺との関係

萬満寺と一月寺との関係を表した文書



遺跡


金先忌 毎年 10月13日前後の日曜日(その年によって日時が変わります)
一月開山金先和尚の命日法要と献笛